恵方巻きおいしかったですか?いい事あるといいね。

大学4年の息子

男の子ってつまんないですね。

小さい頃は甘えん坊だったのにだんだん

会話も無くなっていきます。こちらからはなしかけても

「あ~」とか「べつに」とか、こまったものです。

節分の日、今日は恵方巻きですまそうと思い

スーパーへ行きました。う~ん高い。

ならば作っちゃえということで初めて作りました。

なかなかの出来で高評でした。

息子はまだ帰っていなかったので

今年の方角を書いた付箋を付けて、置いておきました。

帰ってすぐに「この方角はどっち?」と聞いたきたので

「こっちだよ」とおしえました。

そのまま部屋へ持っていきました。

ドアが少し開いていたので

そ~っとのぞいて見たら、ちゃんと方角を向いて食べているんです。

フフフ。かわいいな~。

日常のあちこちにあるメッセージの中で。

今日、通勤のときの電車の中で思った。私たちって一体一日の中でどれほど多くのメッセージに囲まれて生きているんだろうと。今朝の通勤電車内に限って言えば、たまたまそこの立ち位置だったことから見た電車の車窓に貼られていた広告からの「夢があるから、頑張れる」というキャッチコピー。不特定多数の人たちに向けられたそんなメッセージが、今の私自身に必要な一言のようにも思えたあまり、確かにその通りだよと、内心そのメッセージに反応するように即答した自分がいた。この頃どこかダークでしっくりこない日々に疲れていただけに、ただのありふれた宣伝広告でありながらもちょっと救われたような気持ちになった。

そんな私もまた、日常の中で一番身近な家族を始め、職場の人たちや今日会った人たちにも何かしら良くも悪くもメッセージを放っているんだろうなと思うし、それなら、例えば自分の好きなことやスポーツなどの趣味を通してもいいから、私自身の日ごろの在り方を通して周りの人たちを勇気づけたり励ましたりできるようなメッセージを与えたいものだ。それは、この頃の私の中で、趣味をしていても「何でこんなことしてるんだろう」とか「こんなことして何になるんだろう。それができたから、何なの?それをやったからって、じゃあ私はどれだけ偉いっていうの?それがどうしたの?」という疑問やわだかまりのようなものを抱え始めていたこともまた私を暗くさせていた原因のうちの大きな一因だったからだ。好きなことをしてるはずなのになぜか今一つ、心が弾まなくて何をやってもしっくりこないというか、そういう時期にいた。

そこで今朝の通勤電車に揺られていたら、あの広告メッセージが登場した。どんなに好きなことでも、疲れてしまうことってあると思う。その傍らで、やっぱり好きなことは休み休みでも自分なりに納得する形や次元まで極めたり追求したりを続けたい気持ちもまた事実だ。趣味なんだし、目的はただただそれがあったりそれをすることによって生活にハリが出て、純粋に楽しむためのはず。

最近その目的や手段がヘンテコリンというか本末転倒になってきた自覚があっただけに、あの広告メッセージの言う通り私なりの毎日を楽しみ続けるということが夢であり半永久目的として、あまり思いつめず適当に楽しみながら再トライしようと思った。そうして楽しく暮らしていれば周りの人たちに何がしかいい影響のあるメッセージになるかなという一抹の期待を込めながら、今夜は眠りたい。